波動ゲーム

波動を上げるゲーマーであれ。

相手のことを先生だと思って試合をする~勝負に対する考え方~

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勝ち負けのつく試合やゲームにおいて。

 

負けたら、悔しい。腹が立つ。気分が悪い。なんとか見返してやりたいと思う。

 

そんな風に思ってしまうことのある人向けの記事です。

 

その性格はオッケー

 

まず、その性格は別に否定するものではありません。

 

一般的に言えば「負けず嫌い」であると言えるでしょう。

 

そのような素質を持っている人は、非常に実力が伸びるという傾向にあります。

 

ネガティブなエネルギーではありますが、強いエネルギーが出ているので、向き先を転換すれば良いリターンが返ってきます。

 

なので、まずは悔しがってる自分を認める。これで良い。

 

そして、冷静になって、次は何をすべきかを考える。

 

この流れが大切かと思います。

 

負けてもいい気分でいるために

 

そうはいっても、負けて嫌な気持ちになるのは避けたい。

 

勝っても負けても楽しく、清々しく試合を楽しみたい。

 

その方が心が平和だから…

 

そのような意見もあるかと思います。

 

ではそもそも、負けて悔しく、腹が立つのは何故なのでしょうか。

 

それは「勝てる見込みがあるから」です。

 

勝てるのに、あと一歩で勝てなかった。自分がミスをした。相手の方がたまたまうまくいった。

 

そんな時は悔しいものでしょう。

 

もう少し掘り下げて言えば「相手の事を同じレベルか、あるいは下に見ている」とも言えます。

 

それは実際事実として、そうなのかもしれません。

 

でも、あなたが心の中を平和に保ちたいのであれば、このように考えるのはどうでしょう。

 

「相手は先生である」

 

自分にとっての先生である。あるいは師匠である。

 

そのような人と試合をする場合、基本的には勝てる見込みはありません

 

ではなぜ試合をするかというと、相手は先生なので自分を鍛えてくれているわけです

 

そして当然先生なので、自分より上手で、強い。

 

でも、その手腕の中で自分に何かを教えんとしている

 

敵であるようで、実は自分の味方なのです。

 

先生が相手だから、負けてしまうのも仕方がない。

 

もし、ひょっこり勝ってしまうことがあれば嬉しい。でも、それはラッキーなので驕り高ぶることはしない。

 

このように考えれば、勝っても負けても心は平和ではないでしょうか。

 

そして、そんな風に思えている自分を自分で誇ることもできる。

 

私も素敵だと思います。

 

だから今後、見ず知らずの相手と試合や対戦をする機会があったら。

 

「この人は私の先生なのだ!」と思うことにする。

 

先生が相手だから、自分も油断をせずにベストを尽くして臨もうとする。

 

全力を出し切ることができる。

 

その上で勝てなければ、まさしく相手は先生であった。

 

勝ったとしても、自分の成長を教えてくれる先生であった。

 

これは相手のことを尊敬しているということに他なりません。

 

お互いが睨み合っているはずの勝負において、これは素晴らしくないでしょうか。

 

仮に、相手もそのようにこちらを思っているとしたらどうでしょうか。

 

競争しているようで、協奏しているような、そんな温かな気持ちになりませんか。

 

私もそのような人間でありたいと思っています。